誰
(た)がために…… 〜大戦時代捏造噺

  


 そこは領土の内に設けられた正規の基地施設ではなかったが、それでも天幕などという簡易のそれじゃあない、一応は壁床をきっちり設けた建造物。司令部と同じほどきっちりと準備をなされし、仮設救護棟のずんと奥まった一室で。

 「……具合はどうだな。」
 「惣右衛門せんせい?」

 どれほど使い回したそれか、傷だらけの簡易寝台の上には。お仕着せの寝巻きの下、腕と言わず脚と言わず、胸元と言わず首と言わず、痛々しいほどにあちこちへ包帯を巻き、せっかくの美貌へも、陽に灼かれてのものか肌もかさついての、軽いやけどでも負ったかと思わせるほどのひどい傷みようを呈している若者が。一応は清潔な夜具にくるまれる格好で、安静を言い渡されて横たえられている。ほんのつい先程、意識を取り戻しての目を覚ましたばかりであり、ここへ運び込まれたおりは完全なる人事不省状態。たいそう苛酷な真似をした末の自力帰還であったため、到達と同時に張り詰めていた何もかもが限界を…その体力の枯渇をやっとのことで認めての結果、そのまま、昏睡と紙一重という勢いでただただ眠りにのみ没頭し続けた彼だったとか。ひたすら休養を貪りつづけたがる身体に負け、意識がねじ伏せられていたらしいと医師殿から聞かされて、他でもない本人がまずはキョトンと呆気に取られていたほどで。

 『そんな…3日も眠っていたのですか?』

 どんな激務や徹夜が続いた後でも、丸一日も眠れば体が寝飽きて目が覚めてしまったもの。若いからこその回復力や快癒力をもってしても、それほどの絶対休止による養生が要ったということぞと聞かされたものの、当人の感覚の上では、ほんのうたた寝程度の時間しか経っていないらしく。そのギャップから、唖然とするしかなかったらしい若いのが、

 「  、………。」

 呆然としていた態度からハッと我に返っての……次に。それもまた重大な気掛かりとして、その胸へと大きく広がった“案じ”があったようで。傷み、擦り切れ、散々な姿になってもそこだけは瑞々しき潤みをたたえたままだった、青い双眸がはたりと瞬き、視線が不安げに泳いでのそれから。

 「……勘兵衛様は。基地へと戻られたのですか?」

 怖い者知らずで鳴らした、白夜叉が手綱引く 金の狛。今や南軍
(ミナミ)へさえ届くその勇名さえ霞みそうなほど、どこか腰が引けてでもいるような声音で、軍医の惣右衛門へ恐る恐るに訊いてきた、疲弊はなはだしい青年士官へと、

 「そんな訳があろうかい。いまだ残務整理へと奔走しておいでだ。」

 気遣うどころじゃあない、斟酌のない応じがすぱりと返る。何しろ、手慣れた副官が不在だ。彼がおってのいつもの通りに進めておれば、今頃はもしやして、すっかり方もついての帰還している頃だったかもしれないが…なぞと付け足して、

「あまりに要領よく手掛けておったのへこの頃は、そやつへ任せっきりにしておったのが徒となっておっての。大将一人じゃあ無理だろと、双璧が二人掛かりで手伝ってもなお、一向に目処が立たんとこぼしておったぞ。」

 「〜〜〜。」

 ということは、双璧二人からの恨み言まで聞かされるかもということじゃあと、若いのがふるふるっと肩を揺すぶり恐れ入る。そんな様子を鹿爪らしいお顔で冷徹に受け止めつつも、実のところは…腹の底では苦笑が絶えぬ軍医殿。

 “それっぽちのことが、どうしてそうも恐ろしいものか。”

 地獄も如くあらんという砂嵐吹きすさぶ荒野の果てに、防御薄い作りの斬艦刀という搭乗機ごと撃墜され、そこから自前の足のみでじりじりと自力で戻ってくるなぞという離れ業をやってのけた強わもののくせに。




       ◇◇◇



 そこは、つい先日、ほんの数日のみのものとはいえ、かなり苛烈な戦端が開かれた土地。物資搬送の航路として、南北どちらもが必要と目をつけていた区域であり、どちらかが極端に劣勢だった訳じゃあない陣容の真っ向勝負となった戦いは、熾烈な戦線をその初端から繰り広げ、歴史に名だたる合戦として後世にも語り継がれよう、それは切迫した展開となった。そんな戦域の外れの荒野の果てに こそりとあったのが、涸れた渓谷跡にしつらえられた急造の出城。北軍がその空艇部隊の陣とした基地の大外を哨戒・監視していた物見から、秘密裏に、されど速やかにと上層部へ伝えられた とある報告があり。

 『南方〇〇支部 空艇部第二小隊の副官殿が、
  たった今、隠密裡に帰還なされましたっ。』

 その報告へ、やっとのこと生き返ったように安堵の吐息をついたのは、当事者の属す部隊の猛者たちのみ。何と言っても“極秘の”作戦行動であったそうで。よって、下部の者ほど、何が起き、どのように進行展開中だったものかを知らされてはなかったため。陣地の突端、最初の関所に当たる物見の大門では、彼へと最初に接した衛士らが、まずはと疑ってかかった。装備の一番奥にあたろうシャツの下へと、首から飾り鎖で提げていたそれ、大儀そうに懐ろから引っ張り出した軍標さえ、下士官らにはそう簡単に信用与える証しには値
(あたい)しなかったらしく。

  ―― 口ではどうとでも繕えようぞ

 ここへ至るまでの自然の要衝、砂漠の風や強い陽射しに随分と痛めつけられていての、装備はずたぼろ。当人の生身の体もあちこち傷つき、たいそうな消耗もしていたがために覇気も薄く。枯れ草のように傷んだ髪やその貧相な姿を怪しまれ、所属や司令官を告げ、自身の身分を名乗っても、すぐには通してもらえなんだ彼だったのも、ある意味、無理のないことだったのかも知れぬ。軍服や軍標も、穿った見方をすれば拾ったものかもしれない。それも身の証しの一つと、手套を中途まで外しかけていた手の甲へ入れていた刺青だとて、部隊別にお揃いの図柄のそれを入れて士気を高めているという話だけは聞いていても、装備の手套をはめているのが常態である以上、どの部隊が何を描いているのかまで、衛士らがいちいち全てを網羅してはいないというもの。ご当人が途中で昏倒してしまったものだから、尚のこと確かめようがなくなってしまい。間諜ならば留め置いたは手柄だが、本物だったら何とする。確か炎の紋なら石丸准将の特殊部隊一班、双翼ならば降谷大佐が率いる東方支部空艇部隊のはずでと、なけなしの情報を照らし合わせていたところへと、

 『六花なら、ウチのもんだ。』

 ひょいと顔を出してくださったのが。彼が自分の所属と口にした、南方支部の空艇第二小隊で、双璧との勇名馳せる丹羽良親という青年士官。ウチの副官が、もしかして極秘任務からこそりと帰還するやも知れぬと、どこまでホントかそんな口実たずさえて、衛士らの詰め所にて話し相手になって下さってたものが。この不審者の到来へは血相変えての駆けつけて見せたからには…上からの正式な通達は一切なかったものの、やはり彼のところの副官殿に間違いないらしく。

 『……シチ。』

 その双腕へそおと抱え上げられ、あまりの痛々しい姿に眉ひそめ、本人だとの確認を取ってからの対応の差は、当事者でなかったならば大笑い出来たかも知れなかったほどの変わりよう。何しろ、

 『統合参謀でもあらしゃった元帥閣下の、
  中枢への帰還を補佐するための囮役。
  10機近い敵の遊撃部隊をたった一人で引き受け、
  遠い果てまでと陽動しての、引きはがす見事な仕事をしおおせた、
  こたびの戦さにおける影の英雄だ。』

 そうまで凄まじい極秘任務を、たった一人で、しかもこのうら若き身でこなされたのだと。帰還された時点でやっとの公開された誉れへと、同じ戦さに身を投じた僚友らは歓喜の声を高らかに上げた。何と頼もしい若武者か。あれだ、島田隊の副官、白夜叉の金の狛ぞ。そうか、日頃から付き従いし指令殿からの、薫陶あっての果敢な武勇であったかと。誉めそやする声ばかりが沸き立ったものの、


 「………。」


 当のご本人はといえば、そんな声なぞ知ったことではないらしく。微妙な緊張に呑まれては、その、役者のように端正で凛々しいとの評を集めしお顔を強ばらせているばかり。だってこの策、実は…直接の上官である勘兵衛へ、ちらとでもその内容を話した覚えもないままに、つまりは許可を取りつけることないままに、独断でやらかした単独行だったからであり。

 “だって、言えば制されたに違いない。”

 部下の才を信じ、度胸を見守り、どちらかといや放任主義にて育てるお人ではあるけれど。それはあくまでも、いざという時への対処をどうとでも取れるという、ご自身の尋の深い翼をどうとでも伸ばせるという、その織り込みがあってのもの。先の会戦のその最中、唐突に斬艦刀の不調を告げて、機関の様子を再点検しに戻りかかった母艦にて。乗員の防御も兼ねている重力磁場、防人領域の設定を唐突に切った。そんな補助がなくとも、機体外という苛酷なところに立っていられるお人じゃあるが、最も安全なところでのこの対処はあまりに予想外だったようで。さしもの白夜叉でも、不意を突かれ、しかも足場が180度という宙返りを予告もなく呈すれば、本能的な反射で安定した足場へと身を移す。すぐ至近へと迫っていた母艦の滑走路へ難無く着地した勘兵衛は、その直後にバランスを失った愛機が胴体着陸へと運ぶ悪夢を想定したらしかったが、

 『…っ。』

 そんな勘兵衛の眼前を、鋭い切り返しにて体勢を立て直した愛機が颯爽と飛び去っていったのだから。さぞかし驚いただろうし、彼ほどの冴えた頭脳の持ち主ならば、実際には何が起こったかも瞬時にして把握したに違いない。勘兵衛という搭乗者を振り落とした七郎次が、斬艦刀を使って単独で何かしら手掛けようとしていたと。

 “…勘兵衛様。”

 突風に舞い上げられた蓬髪が一瞬覆った精悍な顔の、見開かれた双眸の深い色合いが、七郎次の目の底へと焼きついたままで離れない。裏切られたと思っただろうか。何も隠さぬとし、命さえ勘兵衛へと預けたその証し、左手の甲へと刻んだ刺青の六花を見やる。装備の手套が焦がすことなく守ってくれた藍色の花。敵軍の追っ手を振り回し、偽装のためにと乱暴な着陸果たした地点に迎えが来ている手筈になっていたものが、どういう手違いか誰の姿もなかったことから、これは自力で戻るしかないかと切り替えたのも。操縦用の革手套を無意識のうちに脱いでいて、これが真っ先に眸に入ったから。こんな遠いところで暢気に迎えを待ってはおれぬと、思ったのと同時に…ふと、別な疑心もかすかに生まれて。

 “もしかして…。”

 「踊らされたのだろ、七郎次。」

 何の前触れもなくスルリと聞こえた低いお声に、総身が弾かれ、視線が上がる。自分が不在の間に此処での戦さも終わっており、外套なしの平服に近い装備でおわす充実精悍な躯の、何と雄々しい御仁であることかに つい見ほれ。寝台の上へとその身を起こした七郎次の目線の先。明るい廊下側、大きく開け放たれた病室の戸口に立っておいでのその姿こそ、荒野をじりじりと進んでいた間のずっと、再び逢いたいと焦がれていた、そのお人に違
(たが)わなかったのだけれども。

 「あ………。」

 様々な苦衷を染ませた末の、深みある表情を沈めたそのお顔の尖りようを見るまでもなく。低められた声の平板な冷たさとその余韻が、こちらの背条をぎりぎりと締め上げる。何につけ寛容で許容の広い彼ではあるが、勝手をしたこたびだけは決して許さぬことだろと、その声だけでも意向はありあり届いたし、


  「このたわけがっ!」


 室内の空気ごと大きくたわませての、それは鋭い一喝を浴びせられてしまったのだって。病床にあった部下の姿にもその意志挫かれず、毅然となさっておいでだったのは いっそ彼らしい態。頑丈なその手で強かに、打
(ぶ)たれたような気がしてのこと、ひゃっと身をすくめた七郎次であったのを、

 「……。」

 一体どのように解されたものか。室内にはとうとう踏み込まずの、そのまま立ち去ってしまわれて。その方がよほど堪えたらしい、副官殿の寂しげな横顔やなで肩へ、

 “まま、隊長が恫喝したのも無理はなかろ。”

 勝手な判断で勝手なことをしたという、表面的なところへの叱責のほかにも、実はあれこれと含みのあった一喝だったこと。気づいているのは惣右衛門医師と双璧の二人くらいのものだろて。

 『副官殿にだけ、耳に入れておきたい話があっての。』

 七郎次だとて、軍が階級による統率あっての組織であること、その意味合いを心得ていない訳じゃあなかろう。上官の下す指示は絶対だし、たとい優れた策であれ勝手な奔放は許されぬ。本来ならば、勘兵衛自身へと振られたはずの奇策。だが、ああまで有能な司令官は先にもきっと得難い存在。よって、出来ることなら危険な任は勘兵衛へ負わすワケには行かぬとの唆
(そそのか)しに乗せられ、勇み足を踏んでしまった七郎次だったのであり。巧言用いて代替を担わせた奴が悪いのであって、そんな彼の健気なまでの心根の誠実さや一途なところは買ってやりたいものの。その背景へまで視線を投じることが出来る勘兵衛であっただけに、日頃の豪快さをもってのこと、破天荒な行動を手放しで肯定も称賛もしてやれぬ彼であったらしくって。

 “味方にまで敵のおわす、困った御仁なれば…。”

 勘兵衛が、才気あふれる優れた采配を振るう名軍師であるのみならず、当人が刀を振るいて戦端開くことへも怖じけぬ武者であり、型に嵌まったそれじゃあない、実績により培われし、豊かな才による文武両道を体言している剛の者であるのを妬んでのこと。そんな彼へと人望が集まるのを面白く思わぬ顔触れが、それよりは技量も劣ろうと決めつけた、若き側近の七郎次へと故意に危険な話をわざわざ振ったのが真相であり。そのココロは…大切にしている存在が自分の力の及ばぬところで苦衷に遭うという、歯痒いことこの上ない不幸を勘兵衛の側へと与えんとしたまでのこと。戦争というのっぴきならぬ事態のただ中にあっても、女の腐ったののような利己的極まる思惑を抱いちゃあ、それを満たすための下らぬ策とやら ほいほいと思いつける蛆虫が、こうまで大規模な大戦をこなす、あまりに大所帯な軍の内部…ともなると、哀しいかな少なからずいるから困ったもので。

  そして……

 そんな敵と同じほど、いやさ、情の深さでは比較にもならぬほど。彼を理解し慕う者の何と多かりしことだろか。

 「問題は、純真なシロネズミばかりで、
  タヌキやクロネズミが少ないってところでしょうかねぇ。」

 七郎次を筆頭に、優秀で機転の利く者ほど、その身を捨ててでもという方向で入れ揚げてるから始末に終えぬ。隊長の威容や威勢に要領よく乗っかって、楽をしようとか小ずるい企み巡らすような存在には、そうまで居にくいトコだろか。
「ま、その分は俺と征樹で埋めればいいさね。」
 どういう意味だそれ、そのまんまだぜと、頼もしき双璧殿らが憎まれ口を利き合っているのへと、
「そんなことより。」
 軍医せんせいが厳かなお声で水を差す。

 「隊長殿を何とか宥めすかして、今日中に見舞いに来させよ。」
 「え〜?」
 「せんせい、そりゃあ無理だ。」

 あの頑迷な勘兵衛様が、叱ったばかりの相手をそんな早くに見舞いますかい。無茶を重ねさせぬため、見張りに来いよと儂が言うておったとでも言やあよかろ。ああまで怒鳴った手前、間が空けば空くほどに来にくくなろうからの。そんなだったらいっそ先生が向かわれては? その方が効き目も絶大かと…などなどと。外野の騒ぎも知らぬまま、ぽふりと寝台の夜具の上、再びその身を横たえた、当事者でもある誰かさんはと言えば、

 “……怒鳴られてしまった。”

 ああ、そういえば。先に恫喝受けたのはいつの話だったかしら。確か、地上戦で草原の中での乱戦となったおり、数人がかりで一斉に斬りかかり、勘兵衛の後ろ姿を鉄砲の照準の中へと収めた卑怯な敵へ、えいやと長槍投げつけた時のことじゃあなかったか。全身のバネを込めての思い切りのいい投擲は、見事に暗殺の輩を仕留められたが、
『七郎次っ!』
 そんな自分へと斬りかかっていた手合いがあったの、勘兵衛様が討ち取って下さってから、

 『何をしておるかっ!』

 まずは自身の命を守るのが基本ぞと、茅の茂みをさわざわ鳴らし、大きに吹き荒れていた木枯らしも止まるほど、そりゃあ斟酌ない怒声を浴びせて下さったのだっけと思い出してしまい、

 「……………。」

 あれ? どうしてかな。勘兵衛様はああまでお怒りだったのに、先程まで抱えてた失意が随分と薄れたような気がすると。自分でも理解しがたい感覚へ、ほんのり頬染め、小首を傾げたうら若き副官殿。古女房と呼ばれるには、まだまだ今少しかかりそうな頃合いの一幕でございます。




  〜Fine〜  09.10.10.


  *復帰しましたのご挨拶。
   ずっとずっと、どうしたものかと、
   抱えたまんまにしていたメモ、1つ消化です。
   これも確か、Y様に頂いたお題のようなものじゃあなかったか。
   勘兵衛様から無茶を恫喝されて、
   でも、不思議とどこかで嬉しがってるシチちゃん、というか。
   叱られるのもまた、強い関心あってのことですものねvv
   こうやって、少しずつ免疫つけてって、
   勘兵衛様を伺うでなくの、
   しまいには強かな古女房になってったらいいです。
(おいおい)

めるふぉvv めるふぉ 置きましたvv **

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